読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ままのおと

2児の母。今日も元気に爆走中。

【友達】壁を作っているのはいつも自分。

私が20歳になった頃、彼の行きつけのbarによく連れて行ってもらうことが増えた。

「いつもんとこおるからヒマやったらおいでー」とよく電話をもらったものだ。

行ってみると既に出来上がった彼が、見たことのない人としゃべっている。

声をかけると

「お疲れー、あ、これ俺の友達」といつもと変わらない屈託のない笑顔を見せてくれる。

「いや、今数時間前に会ったばっかりやん」と”友達”と言われた人は言うけど、その顔は嫌そうではなく、どこか嬉しそうだった。

 

彼にかかれば、付き合いの濃さや時間は全く関係なく、関わった人全てが友達に変わる。

それは結婚した今でも同じだ。

 

時は流れて同じ笑顔を見せる子へと育った娘がいる。

私に似ているのに、あの日の旦那を思わせるような笑顔で同じことを言うのだ。

「ママおかえりー、この子○○ちゃん、娘ちゃんの友達ー」と。

その横では”友達”がやはり嬉しそうに娘の隣で笑っている。

 

彼らを見ていると、友達を作るのは何て簡単な事だと思ってしまう。

一緒に笑いあえば、その瞬間友達へと変わるのだ。

 

私は彼に出会うまで、友達作りは難しいと思っていた。

恥ずかしげもなく堂々と「友達だ」と宣言する人など周りにはいなかった。

むしろ私にそんな宣言をされても、相手は困るだけだと思っていた。

薄く浅く、その場で何となくしゃべる人がいればそれで良いと思っていた。

 

高校の頃、選択授業で周りはみんな知らない人ばかりの授業を受けたことがある。

その時も、その場でしゃべるだけの人がいた。

同じクラスにも委員会にもなることなく、その選択授業の時にしゃべるだけ。

廊下で会えば挨拶はするけど、特に仲がいいわけでもなかったと思う。

何となく携帯番号を聞くのも迷惑かと思い、聞きそびれたまま卒業した。

 

だからお互いに友達だと言う感覚はなかったと思っていた。

知り合い?同じ高校の人?

多分そういう感覚。

 

そんな彼女から、昨日Facebookで友達申請がきた。

結婚して苗字は変わっているけど、少し特徴的な名前と、アイコンに使われている子供の顔が彼女そっくりですぐにわかった。

他の高校の友達のところから私を見つけたようだ。

 

承認をすると、すぐにメッセージが来た。

 

「久しぶり。覚えてる?あの時せっかく友達になったのに、携帯番号を聞かずにずっと後悔していた。良かったらまた仲良くしよう。」

 

要約するとこんな内容だ。

 

何だ。友達じゃないと思っていたのは私だけで、彼女はあの時から私を友達と認識してくれていたんだ。

壁を作っていたのは自分。歩み寄れば良かった。恥ずかしがらずに携帯番号でも何でも聞けば良かった。

勝手に迷惑とか思い込んでいた自分が急に恥ずかしくなった。

 

いつもたくさんの人に囲まれてて楽しそうにしている旦那と娘をずっと羨ましく思っていた。

出来ない自分が悔しかった。

でも、ただ自分で壁を作っていただけで、それは誰にでもなれるもんなんじゃないかって思った。

たくさんの人に囲まれる…は無理でも、少しずつ交友関係を広めていこう。

 

 

どエライ台風の中、そう思った週末。

 

 

僕は友達が少ない [DVD]

僕は友達が少ない [DVD]

 

 

 

広告を非表示にする